君が微笑んでくれるから Ep00日常の風景-6

君が微笑んでくれるから

梅雨のある日、なんか集中できないし、全体合わせも無かったので、いつもより早めに下校した。
裏門の階段を降りる所で、宮城先生に声をかけられる。
「おう、筒井。今日は早いんだな」
「先生も早いですね」
「今日はグラウンドがぬかるんでいて、練習にならないからな」
「でも、先生って、クルマでしたよね?この間も家まで送ってくれたし」
「中古のポンコツだったからな。いきなり故障しちまってな。しばらくはバス通勤だ」
「へー。あ、そうだ、この間はありがとうございます」
「ついでみたいに言うな。手の具合はどうだ?」
「もう大分よくなりました。もう包帯じゃなくて、絆創膏で済みそうです」

「演奏に支障は無いのか?」
「だから、大した事ないって言ってんじゃん。
次の日から、普通に楽器弾いてます」
「そうか、それは良かった」

「ほら、ふらふら歩かない。傘を振り回わさない。もう3年生だろ」
「命令ばっかすんなよ」
「ここは暗いし、道もぬかるんでいるから」
「そんなの大丈夫だよ。子供じゃねーんだぞ」

しばらく歩いていると、急に涼しい風が吹いてきた。
「あー、これはゲリラが来る音ですね」
「音?ゲリラ?」
「先生、聞こえないんですか?気圧が急激に下がっている音。
大雨になりますよー」
ほどなくして、「バケツをひっくり返したような雨」になる。
「ほらー、俺の言った通りでしょー」

ビッビーッという警笛に振り返ると、バイクみたいなのがものすごい勢いで迫ってきていた。
あ、これ、ぶつかっちゃうかも、、、って思った瞬間に、宮城先生が間に入る。

いきなり金網ドンされた。距離近っ。
俺はぽかんとして先生を見つめる。
「筒井、大丈夫か?」
先生の呼吸とか、髪から流れ落ちる雫が妙に近くて、なんかドキドキしちゃってる。
「え?あ、はい。俺は大丈夫です。先生は?」
「はは、そうだな。
情けないことに、ぬかるみに足を取られて、少しひねったみたいだ」

「学校まで戻りましょう。まだ、保険の先生か、体育教官室に宿直の先生がいるはずです」
「自分で行けるから、筒井はもう帰りなさい」
「本当ですか?ちょっと歩いてみてください」
「ほら、、こうして、ちゃんと、、、」
「全然ダメじゃないですか。もう、びしょびしょだし、泥だらけだし」

保健室の先生は帰ったっぽいので、宮城先生に肩を貸しながら体育教官室へ。
「失礼しまーす」
「おいおい、筒井、宮城。ずぶ濡れで、どうした?」

「あーーーー、ナカセン、居てくれて良かったーーー。実はですね、、、」
状況を説明しているうちに、なんだか涙が溢れてきてしまう。
「判った、判ったから泣くな。男の子は簡単に泣くな!宮城、宿直に運ぶぞ」
「はい」
「筒井、とりあえず、その辺のタオルで身体拭け。
服はーー、その辺に吊るしておけ。あとで、合宿所で洗濯しといてやるから。宮城のもだ」

「俺に何か手伝えること、ありますか?」
「とりあえず、その辺にあるタオルを塗らして濡れタオル作ってこい」
「はい」

体育教官室の奥に行くと、宮城先生は畳の部屋で座椅子に座っていた。
「先輩、すいません。俺、どうも、怪我に呪われているようで。
これで何回目かな、、、情けないっすね、、、」
「今更そんな事言うな。お前の気持ちも判るがな、、、今はじっとしていろ」
足首が赤黒く膨れ上がっていて、血が滲んでいるようにも見えた。
「筒井、そこの冷蔵庫から、保冷剤持ってこい」
「はいっ」

「宮城、少し痛いかもしれないぞ。この角度は大丈夫か?」
「はい」
「こっちはどうだ?」
「少しキツいかもしれません」

「筒井、そんな格好でウロウロするんじゃない。
そのあたりに、俺たちの着替えがあるから適当に着なさい。
宮城のもあるから、持ってこい」
「はい」

「ナカセン、宮城先生の足、大丈夫なんですか?」
「心配するな。大きな怪我ではない。痛い消毒もしたしな」
「あの痛いのやったんですか?傷跡は残るんですか?」
「筒井、男の子は、すぐに泣くんじゃない!俺は大丈夫だから、こっちに来なさい」
「だって、俺のせいで、宮城先生が痛い思いをしてさー、、、」

「お前は馬鹿か。筒井、そんなのは、どうでも良いんだよ。こっちに来なさい。
ほら、もう泣くな!可愛い顔が台無しだぞ。お前はいつも、笑っていること!」
宮城先生の横に座ると、タオルで髪をガシガシと拭いてくれた。
体、熱い。胸板が厚くてゴツゴツとしている。
ちょっと抱きついちゃった。奥さん、ゴメンなさい。

「俺たちからしたら、筒井が本当は優しい子なんだって事が判ったから。
それだけで良いんだよ。ですよね?中村先輩」
「そうだな。筒井の判断のおかげだ。宮城の怪我も何日かすれば治るだろう」
「本当ですか?傷が残ったら怒りますよ?」
「筒井、俺たちは体育大上がり。多少の傷はいくつも残っている。むしろ勲章だ。
だから、気にするな」
「コケてできた勲章なんて、カッコ悪いじゃないですかー」

「身体も冷えているだろう。宮城、筒井、コーヒーでも飲むか?」
「はい、お願いします」
「俺は、コーヒーは嫌です。お茶か紅茶が良いです。砂糖は入れないでください」
「お前は、本当に変わった奴だなぁ、、、」
「変わってなんかない。大体、宮城先生に俺の何が判るんだよ」
「ほら、そういう所だ。だいたい、体育教師なんて怖がられるもんだろ?
お前みたいにくっついてくる奴は滅多に居ない」
「そうなんですか?ナカセンの仲間みたいなもんでしょ?」
「なーにイチャイチャしてるんだ?ほら、コーヒーと紅茶、ここに置いておくぞ。
俺は洗濯物出してくるから、筒井、しばらく宮城を見ていてくれ」
「へーい」

「筒井は宮高の特待生だったな。進学先は考えているのか?」
「なんだよ、急に先生っぽいこと言い出して。
でも、正直、将来何したいんだか、全然わかんない。先生はどうだったんですか?」
「俺はー、半分自動的に進学したって感じだな。これでも高校野球では少し有名だったんだぞー」
「そうなんですか?野球見ないから、よくわかんないけど」
「俺も数学は得意じゃないから、お前の凄さはよくわからないなw」

「だいたいさー、18そこらで、人生の選択をしろってのが無茶な話なんだよ」
「でも、皆んなが通らなきゃいけない道だろ」
「あーーー、めんどくさー。ねー、先生、俺眠い。寝ていい?」
「はぁ?いきなり何を言い出すんだ」
「眠い、寝る」

「おーい、雨は止んだぞー。そろそろ帰る支度しろーって、お前ら、何してんだ??」
「いや、これは、、、筒井が騒ぐだけ騒いで、いきなり寝ちゃいまして、、、」
「本当かぁ?何だか怪しい距離感だなぁ」
「先輩、俺、新婚ですよ。そんなことしませんって!」
「まぁ、筒井は、大人しくしていれば天使なんだがなぁ。ほら、顔拭いてやれ」
「お察しします。。。って、何で、写真撮ってんですか?」
「体育教師の腕の中で眠る、イケメン男子高生。早過ぎた新婚一年目の火遊び?」
「やめて下さい!そういう体育大のノリ、この時代、シャレになんないんすから!」
「まぁ、応急処置はしたけど、念の為明日、午前休でも取って、病院で診てもらえ」
「話逸らさないで下さい。写真を消してください!」

「コイツが起きるとまたぎゃーぎゃーうるさくなるから、そこの松葉杖でも使ってさっさと帰れ。
コイツは俺が家まで送る」
「はい、それではお言葉に甘えて、お先に失礼します」
「あぁ、お疲れー。また明日な」
「先輩、写真、マジで消して下さいよ」

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