梅雨のある日、なんか集中できないし、全体合わせも無かったので、いつもより早めに下校した。
裏門の階段を降りる所で、宮城先生に声をかけられる。
「おう、筒井。今日は早いんだな」
「先生も早いですね」
「今日はグラウンドがぬかるんでいて、練習にならないからな」
「でも、先生って、クルマでしたよね?この間も家まで送ってくれたし」
「中古のポンコツだったからな。いきなり故障しちまってな。しばらくはバス通勤だ」
「へー。あ、そうだ、この間はありがとうございます」
「ついでみたいに言うな。手の具合はどうだ?」
「もう大分よくなりました。もう包帯じゃなくて、絆創膏で済みそうです」
「演奏に支障は無いのか?」
「だから、大した事ないって言ってんじゃん。
次の日から、普通に楽器弾いてます」
「そうか、それは良かった」
「ほら、ふらふら歩かない。傘を振り回わさない。もう3年生だろ」
「命令ばっかすんなよ」
「ここは暗いし、道もぬかるんでいるから」
「そんなの大丈夫だよ。子供じゃねーんだぞ」
しばらく歩いていると、急に涼しい風が吹いてきた。
「あー、これはゲリラが来る音ですね」
「音?ゲリラ?」
「先生、聞こえないんですか?気圧が急激に下がっている音。
大雨になりますよー」
ほどなくして、「バケツをひっくり返したような雨」になる。
「ほらー、俺の言った通りでしょー」
ビッビーッという警笛に振り返ると、バイクみたいなのがものすごい勢いで迫ってきていた。
あ、これ、ぶつかっちゃうかも、、、って思った瞬間に、宮城先生が間に入る。
いきなり金網ドンされた。距離近っ。
俺はぽかんとして先生を見つめる。
「筒井、大丈夫か?」
先生の呼吸とか、髪から流れ落ちる雫が妙に近くて、なんかドキドキしちゃってる。
「え?あ、はい。俺は大丈夫です。先生は?」
「はは、そうだな。
情けないことに、ぬかるみに足を取られて、少しひねったみたいだ」
「学校まで戻りましょう。まだ、保険の先生か、体育教官室に宿直の先生がいるはずです」
「自分で行けるから、筒井はもう帰りなさい」
「本当ですか?ちょっと歩いてみてください」
「ほら、、こうして、ちゃんと、、、」
「全然ダメじゃないですか。もう、びしょびしょだし、泥だらけだし」
保健室の先生は帰ったっぽいので、宮城先生に肩を貸しながら体育教官室へ。
「失礼しまーす」
「おいおい、筒井、宮城。ずぶ濡れで、どうした?」
「あーーーー、ナカセン、居てくれて良かったーーー。実はですね、、、」
状況を説明しているうちに、なんだか涙が溢れてきてしまう。
「判った、判ったから泣くな。男の子は簡単に泣くな!宮城、宿直に運ぶぞ」
「はい」
「筒井、とりあえず、その辺のタオルで身体拭け。
服はーー、その辺に吊るしておけ。あとで、合宿所で洗濯しといてやるから。宮城のもだ」
「俺に何か手伝えること、ありますか?」
「とりあえず、その辺にあるタオルを塗らして濡れタオル作ってこい」
「はい」
体育教官室の奥に行くと、宮城先生は畳の部屋で座椅子に座っていた。
「先輩、すいません。俺、どうも、怪我に呪われているようで。
これで何回目かな、、、情けないっすね、、、」
「今更そんな事言うな。お前の気持ちも判るがな、、、今はじっとしていろ」
足首が赤黒く膨れ上がっていて、血が滲んでいるようにも見えた。
「筒井、そこの冷蔵庫から、保冷剤持ってこい」
「はいっ」
「宮城、少し痛いかもしれないぞ。この角度は大丈夫か?」
「はい」
「こっちはどうだ?」
「少しキツいかもしれません」
「筒井、そんな格好でウロウロするんじゃない。
そのあたりに、俺たちの着替えがあるから適当に着なさい。
宮城のもあるから、持ってこい」
「はい」
「ナカセン、宮城先生の足、大丈夫なんですか?」
「心配するな。大きな怪我ではない。痛い消毒もしたしな」
「あの痛いのやったんですか?傷跡は残るんですか?」
「筒井、男の子は、すぐに泣くんじゃない!俺は大丈夫だから、こっちに来なさい」
「だって、俺のせいで、宮城先生が痛い思いをしてさー、、、」
「お前は馬鹿か。筒井、そんなのは、どうでも良いんだよ。こっちに来なさい。
ほら、もう泣くな!可愛い顔が台無しだぞ。お前はいつも、笑っていること!」
宮城先生の横に座ると、タオルで髪をガシガシと拭いてくれた。
体、熱い。胸板が厚くてゴツゴツとしている。
ちょっと抱きついちゃった。奥さん、ゴメンなさい。
「俺たちからしたら、筒井が本当は優しい子なんだって事が判ったから。
それだけで良いんだよ。ですよね?中村先輩」
「そうだな。筒井の判断のおかげだ。宮城の怪我も何日かすれば治るだろう」
「本当ですか?傷が残ったら怒りますよ?」
「筒井、俺たちは体育大上がり。多少の傷はいくつも残っている。むしろ勲章だ。
だから、気にするな」
「コケてできた勲章なんて、カッコ悪いじゃないですかー」
「身体も冷えているだろう。宮城、筒井、コーヒーでも飲むか?」
「はい、お願いします」
「俺は、コーヒーは嫌です。お茶か紅茶が良いです。砂糖は入れないでください」
「お前は、本当に変わった奴だなぁ、、、」
「変わってなんかない。大体、宮城先生に俺の何が判るんだよ」
「ほら、そういう所だ。だいたい、体育教師なんて怖がられるもんだろ?
お前みたいにくっついてくる奴は滅多に居ない」
「そうなんですか?ナカセンの仲間みたいなもんでしょ?」
「なーにイチャイチャしてるんだ?ほら、コーヒーと紅茶、ここに置いておくぞ。
俺は洗濯物出してくるから、筒井、しばらく宮城を見ていてくれ」
「へーい」
「筒井は宮高の特待生だったな。進学先は考えているのか?」
「なんだよ、急に先生っぽいこと言い出して。
でも、正直、将来何したいんだか、全然わかんない。先生はどうだったんですか?」
「俺はー、半分自動的に進学したって感じだな。これでも高校野球では少し有名だったんだぞー」
「そうなんですか?野球見ないから、よくわかんないけど」
「俺も数学は得意じゃないから、お前の凄さはよくわからないなw」
「だいたいさー、18そこらで、人生の選択をしろってのが無茶な話なんだよ」
「でも、皆んなが通らなきゃいけない道だろ」
「あーーー、めんどくさー。ねー、先生、俺眠い。寝ていい?」
「はぁ?いきなり何を言い出すんだ」
「眠い、寝る」
「おーい、雨は止んだぞー。そろそろ帰る支度しろーって、お前ら、何してんだ??」
「いや、これは、、、筒井が騒ぐだけ騒いで、いきなり寝ちゃいまして、、、」
「本当かぁ?何だか怪しい距離感だなぁ」
「先輩、俺、新婚ですよ。そんなことしませんって!」
「まぁ、筒井は、大人しくしていれば天使なんだがなぁ。ほら、顔拭いてやれ」
「お察しします。。。って、何で、写真撮ってんですか?」
「体育教師の腕の中で眠る、イケメン男子高生。早過ぎた新婚一年目の火遊び?」
「やめて下さい!そういう体育大のノリ、この時代、シャレになんないんすから!」
「まぁ、応急処置はしたけど、念の為明日、午前休でも取って、病院で診てもらえ」
「話逸らさないで下さい。写真を消してください!」
「コイツが起きるとまたぎゃーぎゃーうるさくなるから、そこの松葉杖でも使ってさっさと帰れ。
コイツは俺が家まで送る」
「はい、それではお言葉に甘えて、お先に失礼します」
「あぁ、お疲れー。また明日な」
「先輩、写真、マジで消して下さいよ」