学園の庭の桜も綻び始めた頃、古典の斉藤先生から呼び出しがかかった。
なんでも、新入生への激励のスピーチをして欲しいとのことだ。
よりにもよって、俺と筒井が指名され、原稿を書いている。
「あー、めんどくさー。こんなんシノだけで20分話してよ」
「文系と理系でそれぞれ話して欲しいから指名されたんだろう」
「理数の話なんてしたって、引かれるだけじゃん」
「数学オリンピックに出るまでに苦労した話だとかだな、なんかあるだろ」
「シノ、何で、それ知ってんの?それにあれは単に呼ばれただけだし」
「入学するときに、お前の話はさんざん聞かされた。お前もだろ?」
「そうだっけ?つまんねー話だから違う事考えてた」
「お前なぁ、、、とにかくだな、俺たちは他の生徒より優遇されている。
少しは学園に恩返しする気持ちは無いのか?」
「ない。全然ない」
あーーーー、このバカと居ると、マジでイライラする。
「ねーねー、シノはどんなこと書いてるの?」
「合気道の達人の格言とからめて、宮高で恵まれた環境で勉強できると言う感じでまとめようと思っている」
「あー、ずるいよなー。理数でそういう話するの難しいよ。
だいたい、残っているのは、天才型の人の話だし」
「お前は楽器も出来るだろう」
「じゃーピアノ弾いて、5分くらい誤魔化しちゃおうかな」
「バカ、ちゃんと考えろ。
とにかくだな、何かエピソードがあるだろ」
「そんなん無いよー。高校の数学なんて、見ただけで判っちゃうしさー」
「お前、やっぱり嫌な奴だよな」
「尊敬する数学者とか物理学者は居ないのか?日本でもノーベル賞貰った先生が何人もいるぞ」
「尊敬ねぇー。尊敬っていうか、昔の人が発見した定理を利用して、
さらに発展させるみたいなところがあるからねー」
「そいういう積み重ねみたいな話は良いんじゃないか?」
「積み重ねねー。そーいうのより、いきなり思いついちゃう所の方が好きなんだけどなー」
「あ、そうだー。シノは1から100まで足してくださいって言われたら、どうする?」
「なんかそーいうの教わった気もするな。
でも、公式を覚えてなかったら、普通にひたすら足し算していくよな」
「そうなるよね。結局は地道に計算しなくちゃいけない事の方が多いかもしんないけど。
あ、そうだ、いちいち足すより、こんな方法も考えられるかな。うん、合ってる。
足し算掛け算だけだから、多分小学生でも分かる。
1から10まで足すと55ってのは、案外みんな知ってるよね」
「そうだな」
「だから、1から100までの間には、55が10個あることになる。だから550ができる。
11から20を見ると、1から10はもう計算してある。
だから、10が10個あることになる。なので100。
21から30、31から40についても同じことが言えるから、
100、200、300、、900ができる。
1から9まで足すと55より10少ないから、45。45×100で4500。
これを全部足すと550+4500で5050」
「そういうことになるな」
「いちいち全部計算するより、いくらか早いけれど、
155とか1000まで足してくださいと言われると、またアイデアを増やす必要がある」
「ある時、自習にしたい先生が天才ガウス少年を含む児童にこの問題を出した。
すると、天才ガウス少年は、すぐさま5050ですと答えた」
「どうしてだ?算盤でもやっていたのか?」
「算盤なんか必要ない。諸説あるけれど、ガウス少年は、こんな方法を思いついた。
1+100は101だろ?2+99も101。つまり101が50個できるから5050。1分もかからない。
そして、この法則は数字がどれだけ増えようが変わらない。
世の中には、目には見えないけれど、こういう数式がいくつも隠れている」
「あー、2分のナントカって式があったな。面白いじゃないか。その話を書け」
「じゃーそれ書く、で、オチはどうするの?」
「それくらい、自分で考えろ、バカ」
「俺は一応書き終わったぞ、おい、筒井、居眠りするな。原稿は書けたのか?」
呑気に寝息をたてやがって、風邪引くぞ、バカが。
原稿を見ると、丸を積み重ねたピラミッドみたいな図が描いてある。
さっきの問題の別の解き方か?これ、こいつが考えたのか?
「起きろ!風邪引くぞ」
こいつ、全然起きねーな。起きて、いつもみたいにぎゃーぎゃー言ってくれよ。
「おい、起きろ。先に帰るぞ」
相変わらず、すーすーと寝息を立てる。
全く、、、大人しくしてりゃ、可愛い顔してんのにな、こいつ。
やめろやめろやめろ、止まれシオン、と心では思ってる。
やめろシオン、でも、ちょっとくらいなら、、、。
おずおずと頬に触れる。思ったより、ずっと柔らかい。
茶色い髪、白い肌、筒井の甘い匂い、こいつ、どこもかしこも綺麗に出来てんだな。
そっと、そっと顔を近づける。何してんだよ、俺?
やめろシオン、こんなの、卑怯者のすることじゃないか。
そっと抱きしめると、思っていた以上に小さい。
こんなに華奢なのに、いつも強がりやがって。
それにお前、何でいつも俺のことだけ、見てくれないんだよ、、、
すると筒井は突然、「ふごっ」と大きな寝息をたてた。
「フンっ、俺は先に帰る。このバカが」