合宿所の洗面所
本番まで1週間、白虎組の通しリハーサルの日。
衣装から何からなにまで本番通りにやってみてるって話だ。
「ヒロ先輩、今から簡単にメイクしますから、座ってて下さい」
「えー、メイクなんていいよー。女の子じゃあるまいし」
「今時、男子でも普通にメイクしていますよ!」
「一応、舞台なんですから、少しした方が、、」
「舞台なんて、多分キミ達より俺の方が何回も経験があるし」
案の定、ヒロがゴネだした。
「メイクなんて必要ないよ。ヨリくんだって、
寝起きでもヒロが一番可愛いよって言ってくれるよ?」
こーいう所でそーいう事言うなよ。
「そりゃ、かわいいけどね。ちょっとしたことで印象が変わる事もあるでしょ?」
「なーに、さっきからイチャイチャしてんっスかー。
さっさと、リハ、済ましましょうよー」
「それにですね、支度にどれだけ時間がかかるのかも計らなければいけないので、
メイクの後に柔道場で着替える時間も計らせていただきます」
「そんなの、そこ(大部屋)で着替えればいいじゃん」
「いえ、当日は、浴場のシャワーも開放していますし、
大部屋は荷物置き場としても使うので、そういうわけには、、、」
「はぁーっ、あんたねぇ、いちいち後輩を困らせるなって話」
「そうですよ。それにヒロ先輩がもっと可愛くなったら、ヨリ先輩も嬉しいと思いますよ」
「そぉ?顔白くしたり、口紅塗ったりしない?」
「はい。あくまでナチュラルメイクです」
「シノもメイクするの?」
「はい。ナチュラルというより、少し舞台劇風ですが」
「へー、そりゃいいや。後で思いっきりからかってやろー」
ヒロの機嫌が直って、ようやくメイクが始まる。
「それではメイクを始めますねー。時間、測って」
「はいっ」
髪を上げて、顔になんだかパタパタと粉をはたいて、
俺も、メイクなんてしたことないから、色々と物珍しい。
「あー、ゼンくん、時間あったら眉毛も整えてあげたいんだけど」
「ツーくんも眉太いから整えてあげたいなー」
「眉毛で印象変わるって聞いたことはありますが、そんなに変わりますか?」
「そりゃもー、全然ってくらい、変わるよー」
「じゃあ、リハが終わったら、時間作ってもらって、
俺とゼンでお願いしてもいいかな?」
「そりゃもぉ、歓迎しますよー」
「簡単にって言ってたけど、けっこう時間かかるんだね」
「ヒロ、そう言うこと言わないの!」
「篠宮先輩から、特に入念にと言われていますので」
「はーぁ、面倒くさい奴。
そういえばさー、F4って何かなって、ずっと思ってたんだけど、
花より男子に出てくるグループだったんだね」
「えっ?本当に今まで知らなかったんっスか?」
「普通、少女マンガなんて読まないでしょ?」
「ヒロは少年マンガだって読まなかったでしょ」
「これはヤバいですね。天然記念物ですよ」
「でね、思ったんだけど、F4とヒロとヨリだと、不恰好じゃん。
何かいいチーム名無いかなって思ったんだよね」
「俺たちと、先輩たちを表すとけっこう難しいっスね」
「台湾ですと、方角が大事で、それに月と太陽という事も言えますね。
タイトにするのが難しいですが」
「面倒くさいから、V6にしちゃおっかー」
「もう解散してるでしょ」
「はい。それでは、次は、右宮司と、ライトくんで」
「あーーー、そういえば、McDonnel F-4 Phantom IIっていう戦闘機がありますよ」
「おーライトー、なんかちょうど良いじゃん」
「マクドネルはマクドナルドみたいだから、省いちゃうとして、
F4 PhantomIIにしよっか?」
「いいんじゃないっスか?
じゃー部長権限で決めちゃっていいっスか?ヒロ先輩、ヨリ先輩も?」
「部長!意義なしです」「意義なーし」
「あ、そうだ。手芸部のモエ先輩にお願いして、
余った生地でミサンガ、作ってもらいましたよ」
「はぁーっ。ショウタロウはミサンガ好きだね。
もう何本巻いているのかって話」
「それはいいじゃん。F4 PIIの結束の証として、
ミサンガに願いを込めましょうよ」
「俺は別にいいけど。これって、どれくらいで切れるの?」
「3ヶ月とか、1年とかっスね」
「俺、一応これから受験するから、足でもいい?」
「全然大丈夫っスよー。後で俺が結んであげますよ」
「はいっ、それでは、ヒロ先輩と松尾先輩、お願いします」
「あー、嫌だなー。顔になんだか塗りたくるのって、気持ち悪く無い?」
「ヒロ!そういうこと言わない!」
「ねー、これってさー、メイク終わった人から柔道場で着替えていればいいんじゃないの?」
「そうですね。来年の改善案として提案しますね」
「あー、いつもバカバカっていう割には、シノも大したことないよなー」
ヒロ、緊張しているのか、やたら喋る。
「ヒロ先輩、眉毛も茶色いんですね。眉毛も染めてるんですか?」
「染めたことなんて無いよ。生まれつき、この色」
「あっ、すいません。悪気は無かったので、、、」
「別にいいよー。皆んな、そう思うみたいだし、ね、ヨリくん」
俺に振るなよ。
「じゃあ、お顔が引き立つと思うので、眉墨、入れさせてもらいますね」
「へーい、お願いします」
なんだかんだでメイクが終わった。時間大丈夫なのかな?
「ねー、これって、大して変わってなく無い?時間の無駄だよ」
「ヒロっ、すぐにそういうこと、言わない!」
「ヤバいですよ!なんか堀米選手に似ていませんか?」
「あー、眉毛黒くして、ワックスで流れ作ると、
確かに堀米悠斗っぽいっスねー」
「堀米悠斗より、ヒロの方がずっと可愛い」
「まぁまぁー、その辺は、いいじゃないっスかー」
「堀米?選手って誰?」
「ヒロ先輩、堀米悠斗、知らないんっスか?」
「知らない。何してる人?」
「世界のスケボーキングですね」
「ヒロ、本当に知らないの?
東京五輪のスケボー競技で金メダル取った人」
「知らない。スポーツ番組、つまんないから見ないし」
「はぁーっ、あんたって人は、本当、何も知らない人ですね」
「たまたまだろ。誰だって知らないことはあるだろ」
「あんたは知らない事が多すぎるんですよ」
「そんな事、知るかよ!
あー、そういえばお前、フォーラムに変な解答寄せていただろ」
「ばれていましたか?」
「あんなの思いつくの、お前くらいなもんだ」
「あれは、三弦問題を利用して、、、」
ちょ、ちょ、さっきから何言ってんだか、サッパリ判んないんだけど、
多分、止めといた方が、良い?のかな?
「ヒロ、ライトくん?今日は通しリハの日だから、ケンカしないでくれる?」
「はぁ?」
「ケンカなんかしてねーし」「ケンカなんかしてないですよ」
なんなんだよ、もー、わけわかんない。
「ごめん、ペンとノート貸して」
ヒロは時間を測っている子からノートを取り上げて、なにやら数式を書き出した。
「解法を思いついた。ほら、どうだ?」
ライトくんはノートを眺める。
「はぁーっ。この手があったか。あんた、やぱり生意気ですよ」
柔道場で着替えを済まし、体育館に行くと、白組の通しリハが始まる所だった。
基本、演者側は体育館に座って、順番を待っているんだけど、
何故だか、ヒロとライトくんが、舞台の前で指示を出している。
「あのさー、こんな馬鹿みたいにリバーブ(エコー)入れないでくれる?
元の映像に入ってるでしょ?ぐわんぐわんして気持ち悪いよ」
「はぁーっ、えーと、まず、隊列が乱れているんですけど。
あなた達、お客さんに観てもらおうって気、あるんですか?」
「ヒロ先輩とライトって、案外、相性悪く無い、、、っスよね?」
「そうだね。なんていうか、、、びっくりしてる」
いつの間にか、周囲をピリつかせる嫌なコンビになっていた。
「ちょっと、どうなってるの?さっき言ったのと違うじゃん。
自力でできないんなら、俺が言ったスライダーのメモリ、メモっておいてよ」
「あのー、篠宮先輩、やるならスパッとやってくれなきゃ、みっともないですよ。
誰に気を遣っているのか、言いましょうか?」
もー、シノくんにまでーーー。いい加減にしてくれよーーー。
「黙れ、ガキが!進行が気になって、集中力を欠いていただけだ。」
「全集中とか言うんですか?篠宮先輩、格闘家のくせして、
そーいうの、出来ないんですか?」
「あんなのは、マンガの中の話だ。本番は本気でやるから、ガキは黙っていろ!」
「シノ、後輩に悪態つかない!」
「知るか、バカ。だいたい何なんだ、この筒井の弟子みたいなガキは」
「弟子なんかじゃありませんよ。それにガキでも、背は先輩より3cm高いです」
「知るか、バカ!なんで理数の特待生には、こんな奴しか居ないんだ」
「ここ、変な音楽とか効果音入れるくらいなら、無音のほうが臨場感が出るんじゃない?
舞台の様子はスクリーンで大写しにしてさー」
「そうですね。あんたにしては良い提案だと思います」
もー、勘弁してくれよー。
「ライトがああなっちゃうと、止めらんないっスからねー」
「あー、なんか判る気がする。。。」